2月のおはなし ~お釈迦さまのお亡くなり~


215日は、お釈迦さまが亡くなられた「涅槃(ねはん)」の日です。寛永寺では、お釈迦さまをお祀りする釈迦堂(護国院)で法要を行います。


 12月のおはなしの続きです。おさとりを開かれたお釈迦さまは説法をはじめます。ただし勘違いや誤解もあるでしょうから、本当に言いたいことは後回しにして、まずなるべくわかりやすい話から。そろそろ大丈夫だと思ったら次のわかりやすい話を。そのように段階的に説法を続け、お釈迦さまが本当に言いたかった『法華経』は、満を持して晩年に説かれたと天台宗では捉えています。この教えを説き終わった時に、お釈迦さまは自らの死期を悟っていました。

 80歳とされるお釈迦さまの臨終にあたってのエピソードとして、ご自身の葬儀の指示があります。お釈迦さまは事細かに話すのですが、仏弟子たちも素直に従ったわけではありません。ある高名な弟子はお釈迦さまが間もなく亡くなるという現実に耐えきれず、しくしく泣いているのです。結局はお釈迦さまにたしなめられるのですが、十分に修行を積んだお釈迦さまの直弟子であっても、やはり人の死は悲しいということがよくわかります。こうした弟子たちにかけた、お釈迦さまの最期の言葉は次のようなものでした。



「さあ、修行僧たちよ。お前たちに告げよう。もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠けることなく修行を完成させなさい」(『大パリニッバーナ経』)

 




 お釈迦さまが指示された葬儀の内容は、「世界を支配する帝王と同様」という、極めて大規模なものでした。こうしてお釈迦さまのお骨(仏舎利といいます)は、仏さまを供養するための塔に納められました。この塔を守るのが在家者の役割と考えられ、またその塔が形を変えたものが法要の際に建立する「塔婆」なのです。私たちが塔婆を建てるということは、「お骨を守ること」をまさに実践しているのです。